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第四章 私の治癒経過について

●第四章 私の治癒経過について

 

 精神神経科では治ることを寛解という。それは再燃の可能性があるからだ。
事故から数年ぶりに事故現場に足を運ぶことが出来た。
事故現場に行く途中では、「またフラッシュバックが起きたら。」と戦々恐々としていたが、結局何とも無かった。後日にフラッシュバックが出る場合も考えられたのですが何も起きていない。
これにより表層意識のトラウマはなくなったとおもわれる。かなりトラウマを乗り越えたわけだ。
しかし、体験者の話を聞くと具合の悪くなることは否めない。逆転移現象が起きる。
 深層心理ではまだ何か癒されていない情動があるのだろう。これは何度も体験して克服するしかない。

理由は、疎隔体験(ベールを通して見ている感じ)がまだあるからだ。辛いです。これは薬物では治りにくい。心と体は次のようにして変化していった。

 始めの病院の精神神経科で抗うつ剤(アナフラニール)と抗精神薬(ドグマチールで胃薬と言って渡されたが。実際に胃潰瘍や十二指腸潰瘍の治療薬で内科でも出す。)と催眠導入剤(レンドルミン)の投薬を受けた。

飲んでいくと気分が上向い来るのがはっきりと分かる。
別れていたような、バラバラになっていた自分の心が1つに為っていくような感じがする。それが毎日分かる。

ある日、胃腸の調子がよくなったので抗精神薬(ドグマチール)を医師との相談のうえ中止した。

すると物凄い焦燥感(何も無いのに何かに追われてる感じ)がでて、直ちに再度を処方したが、もう変化は無く全く焦燥感は消えなかった。すると今度は不穏感(アカシンジア、なにかしら落着かない、気分がとても重苦しい。)まで出てきて精神面は再燃。
 しかし、頚部の痛みは知らない間に雲散霧消していた。気づかなかった。どうしてなのか今でも解らない。

心と体は一体であるという事か。つまり気分が良いから体調も良い。体調が良いから気分も良いという事だ。

 大学病院に通院していた時は、当時の主治医に精神科治療マニュアルのPTSDの項を見せた。
ここには薬物では抗うつ剤にクロナゼパム製剤を加えると症状の緩和をもたらす。と書いてあり、現状の処方では症状が改善しないためそれは藁にもすがる思いで頼み込んだ。よくもまあド素人の意見を聞き入れてくれたものだ。

ドグマチールを止めクロナゼパム製剤(リボトリール)に変更したところ徐々にだが、物すごい焦燥感、不穏感は雲散霧消した。
 ところで、不眠だがある時ふと”催眠導入剤はいらない”という気持ちが湧き主治医に中止を要請した。

そうすると本当に必要無くなった。今でもたまに寝つきの悪いときもあるが気にしないことにしている。
 記憶力の低下(仕事の仕方や人の名前が出てこない)、頭の回転が大変鈍くなる(適当な言葉が思い付かない)という感じは卑近な例だが、言うなれば記憶や判断の事柄がいっぱい詰まった大きな情報整理棚があって、その引き出しがばらばらに散らばっていたのが元の場所に整理整頓されていく感じである。
切り離されていた記憶や思考能力は、あちこちに散らばっていたものが1つに統合されひとつの物語のように再体制化されていく感じ。
そう賢明な読者の方々ならもうお分かりであろう。ジグソーパズルのように、一つ一つの記憶や感情のピースを元あった領域に戻していく感じと言えばよく理解してもらえるであろうか。また私たちは、普通音楽や写真など視覚や聴覚に訴える物を見聞きすると様々なイメージが湧いてくるものである。こうした感覚も喪失していたが、徐々に回復してきた。美しいものを美しいと感じることのすばらしさ。これは凄いことなのである。
 また感動、感激、愛情に対する気持ちは少しずつ元に戻ってくる。
これは一般に感情の鈍麻といわれるもので、これについては筆舌に尽くしがたいが、表現するとすれば、とても寒い冬の日、外にいると皮膚感覚が低下し感覚が鈍くなる。室内に入ると皮膚感覚が徐々に戻ってきて、感覚が復活してくる。このような感じで戻ってくる。いわば忘れるようにして回復していく。
私は漸く安全という感覚を得た。こんな感じであろう。
私の体験が有効に生かされれば幸甚である。
そしてPTSDの効果的な治療法が確立されれば、これほど嬉しいことはない。


§安全

 治療が効果的に進むことは安全な領域で自分が生活していると実感を得る。
これは非常に重要なことである。
恐怖に監禁された状態から解き放たれたときの開放感は言うに言われるものがある。
生きている実感をつくづく感じる。
この安全という感覚をクライアントが感じることがPTSDの回復の第一歩である。
また、この安全という感覚をクライアントに与えることの出来る医師こそ、真に最良の治療者となりうると言える。

安全であるという感覚をクライアントが感じると、自己統制が出来るようになる。
ということは日常生活に戻ることが出来るようになるのである。
生きていかねば成らない。そのためには余程の資産家で無い限り生活費を得なければ成らない。
仕事に復帰できるということは、非常に重要なことである。
但し心的外傷を惹起する原因となったのが職場である場合は、安全な環境を再構築する必要がある。
異動、転籍である。辞職をすることは勧めない。
転職し、新しい環境になじむことが極度のストレスになる。
転地療法といい、新天地に行くことで治療するというのがあるがこれもまた私は否定的である。

クライアントに”安全である。危難は去った。”という意識をよく理解させることが回復の第一段階である。 

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